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できることとできないこと、できたらうれしいこと

宇宙は空にある、それなら#

たまたま星景撮影に興味があって、たまたま翌日が何もない休みの日で、たまたま果てへの渇望があった。

そして運よく今は新月で、現地は晴れているらしい。

だとしたら、果てへの日跨ぎ弾丸旅行をするしかないよな。

神秘を追い求めて聖歌隊は地の果てへ向かった。

据えた下心#

ここのところ外を出るには余りにも暑い。夜ならほどほどに涼しいだろう。

今持ってるレンズで天の川が撮れるなら、新しくレンズを買えばもっと美しく撮れるんじゃなかろうか。

最近残業残業転職活動でまともな有給を取れていない。ムカつくから最高にHAPPYな2連休をキメて同僚と差をつけてやろう。

思い立ってから犬吠に着くまで…#

幸いにも年末年始を犬吠崎で過ごした経験がある。

寒さの中ではモバイルバッテリーが肝要なこと、食事や水分は余分に持って行くこと、ワイヤレスイヤホンは2台必要なこと、などなど…

だが今回は夏の深夜だ。電気毛布は不要、気温も25度を超えることになるらしい。

不安より怖い感情#

結局上着は忘れ、半袖で出てしまった。最悪どこかのカプセルホテルに逃げ込めば良いしと、たかを括る。

虫除け、制汗シートを購入し、電車に乗る。

タイミング的にも天の川を見るのはいいらしい、とAIに言われる。カメラの露出設定など伺いを立てて、ある感情に気付いた。

心が踊っていた。ワクワクしていたんだ。

懸念の9割は起こらないので、おずおず行く事はないが、この苦行とも言える弾丸旅行を楽しもうとしている事に気付いた。

根拠もなくシャワーを浴びていて思い立った事を即座に実行できることが、とっても嬉しかった。

どうなるかも分からない、もしかしたら大失敗をするかもしれないのに、心の底からスリルを感じているときとも違うハイテンションを帯びていた。

銚子駅から4km歩く。暗闇の受容#

外は生ぬるく、厚着の必要はなかった。夏の夜らしく、じっとりしている。

どうやら銚子は本当に地の果てらしく、街灯が心もとない。

しかし、天の川を捉えるには闇を受け容れる必要がある。

闇を拓くのが文明だとしたら、私は文明から遠ざかっていることになる。

星空は綺麗だ。文句無し。

果ての果てを目指し、ひたすら歩く。

時折銀河の向きを確認し、歩き続ける。

肥料の臭いから磯の臭いへ#

スマホで足元を照らし、歩いていく。

文明から遠ざかるために文明を使っている。

ふと上を見上げれば、満天の星空がある。

やはり暗闇は怖い。

恐怖心を損ねるため、無心で歩みを進める。

親しんだ道と灯火へ#

歩みを続ければ、いつか終着地に辿り着く。

Googleを信じた甲斐があった。見慣れた道に合流した。

灯火はいつもの数割増しで眩しかった。

灯台の写真

束の間の落胆#

さて、銀河銀河…と天体アプリを起動したら、やはりというかなんというか、西に銀河があった。

地球は自転するもので、空にあるものは東から昇り、西へ流れる。

西へ流れた後は…、沈んで見えなくなる。

東から昇り西へ流れ、そこから北へ南へとデタラメに大暴れしてくれたらよかったのに。地動説の不都合だ。

とりあえず祈りを込めて何枚か撮影した。

AIの露出設定は間違っていたようだ。ISO3200で15秒と言われたが、ここは光害がすごいらしい。4秒もあれば事足りた。

天の川?の写真

さてさて#

落胆したところで、天の川は戻ってこない。

そしてここは地の果てで、終電は過ぎている。もう始発までは犬吠と共にある運命だ。

だとしたら、俯いて天体アプリで西の地平線より下にある銀河を眺めていても仕方がない。

北極星を中心として、地球の自転する様子を映した。

湿度という罠#

しばらくすると、異変に気づく。

像がやたらモヤがかっている…

結露だ。何が原因かは分からないが、レンズが冷えていたらしい。

これじゃあ撮れるものも撮れなくなってしまう。

荷物を漁るが、レンズのプロテクターを拭けるクロスは無かった。

本末がコケているが、プロテクターを外して撮影を試みた。

こんな事、あっちゃいけないが、緊急だ。

危機に瀕していた#

緊急、そうだ。私が休暇を楽しむ、その危機に瀕していたのだ。

楽しめない休暇なんてあってはいけない。

ままよとプロテクターを外し、湿度の高い国を恨む。

レンズヒーターは買っておくべきだなと身体で理解した。

さてさて2#

気を取り直して休暇を楽しむ。

世界というのは辛くて面白くないところだ。だから楽しむにもコストが要る。

眩しすぎる灯台に目を付けた。

犬吠崎灯台#

単閃白光というらしく、15秒周期で光が届く。

それを利用して、15秒インターバルで撮影をしてみた。

星は流れるが、大地と灯火は流れない。良さそうな気がする。

セットして、後は祈るだけだ。

組写真、灯台

寝静まる車#

他にも観光客はおり、何台か車が停まっていた。

カメラを持っていたのは私だけだった。彼らは何のために来ているんだ…?

終わる夏休みに思いを馳せているのか、あるいはよからぬ事をしているのか。

4時になる#

だんだん明るくなってきた。

この時間から銚子まで歩けば始発に乗れる、なんてことを考えていたが、ここまで明るくなったら日の出を見届ける他ない。

でもここからが長いんだよなぁ…

水平線を眺める時間。モヤで空と海の境界は曖昧だ。

希望と絶望、それ以外について#

以前アロナとプラナ、パイモン、葛城ミサト、山田リョウ、めぐみん、イマヌエル・カントが「世界は希望と絶望だけではない」と教えてくれた。

モヤがかった白明はまさにそうだ。

水平線は曖昧に消されているが、俯けば海が、仰げば空が、それぞれ確かに存在している。

希望と絶望の黄昏時は、これと言って心地よいものでも、不快なものでもない。

欲を言えば、天の川を撮影したかった。

だが、旅において必要なものは証拠ではない。

旅の中で何を見たか、何を思ったか。こと結論が欲しい時は見失いがちだが、これらは確かに己の血肉になる。はずだ。

水平線が見えてくる#

釣り人が来て、日の出を拝む人が設営を始めた。

太陽が水平線を明瞭にする。

あれだけ眩しかった灯火も、最早明るくはない。

スマホで照らしていた夜道にも、やがて朝が来る。

太陽を遮るものがなくなるまで、あと20分程。

明けの灯台

日の出