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創作と承認とAIとの付き合い方について、改めて考えてみよう
2026-01-03

はじめに#

さて、生成AIが創作の世界を荒らしに荒らして、だいぶ長い時間が経った。

今更ながらだが、覚悟が必要であると気付かされた。

時代の前提#

今は2026年の1月だ。

生成AIは市井の人間も使うようになり、ChatGPTは「チャッピー」などどアホみたいなあだ名を付けられている。

AIの開発は激化し、今は民生品のDDR5が暴騰・欠品だったり、グラボも新しいものは軽自動車が買える程度の額面だったりするらしい、など、民生品においては半導体が足りていない状況だ。

ただ、いまだAGIは完成していないらしい。おそらく今年中にはできそうな開発速度だ。

前提:AI vs. イラスト編#

やはり私はまだ創作ができる人を「凄い人」という認識だ。

自分の出来ないことをやる、それが分かりやすく派手で注目を浴びやすいイラストなんかは、私にとって神域であった。

生成AIはその神域を土足で踏み荒らした、というのが最初の印象だった。タダ乗りで良い作品を出して承認・収益を得ようなど!

しばらく(2年近く)経つと、畑が違うことを身をもって実感した。それは単にカルチャーの違いだったのだ。

生成AIは技術畑。どちらかと言うとオープンソースの感覚だ。それに対して絵師は芸術畑だ。盗用なんてものは模写の時代から叩かれている。

もちろん生成AIでちゃんと芸術をやった作品も確かにあるが、世に出回っているものはそう多くはない。

本題#

生成AI以前にSNSが承認の基準をぶっ壊していた#

まず、SNSは「集団」という構造を壊した。

クラスで漫画のキャラをノートに描いて褒められるような話だ。あるいは、狩りの後で歌ったり踊ったりしていた話だ。

そしてSNSには属性タグが実装されていない。顔のない40歳の芸大卒専業同人作家の絵と同じく顔のない中学生の落書きとは話が違う。それでもなぜか、『参加者が世界すべてのイラストコンテスト』で同じ土俵に立たされて承認バトルを行う羽目になっている。

だから、「クラス内で絵が上手い」「部族内で歌・踊りが上手い」はSNSにおいては通用しない。

生成AI以前に承認の構造はぶっ壊れていたようだ。

生成AIは創作の過程をぶっ壊した#

言われてみれば当然だった。

ありとあらゆる情報から「統計的に判断すればこうすることになる」がAIのコア部分だと思っている。もしかしたら違うかもしれない。

過程はさておき、イラストにせよ音楽にせよプログラミングにせよ、膨大な数のデータから学習して統計的に~でものを生成する。

今までの職人的な「自分の手で勉強して覚えて作るべき」なんて崇高でナイーブな考えは一瞬で淘汰される。

ちょうどRustという私が「Hello,world」していないプログラミング言語でバイブコーディングしていた私には身に覚えがある。

そしてGPTに問われたこと「承認が無くても創作を続けるか」#

承認の構造が壊れ、過程が意味を成さなくなると、創作との付き合い方も変わることになる。

山に籠もっての修行、あるいは野原で横になり思索に耽るだけ。こんな立ち位置になる。

つまり創作者にとっては残酷だが、「SNSが承認の構造をぶっ壊し、ついでにAIが過程をぶっ壊した。これからは承認が無くても創作を行い続けることはできるか」と問うことになる。

でも創作というものは本来そうだったように思っている。

「ニューロンの発火があり、それによってが震えたために何かをせざるにはいられなくなった。それでよく分からんものができたけど、俺はこれが好きだったり嫌いだったりする」だ。

より残酷な話をするならば、「承認で創作をやってる人間はここから先は危険だから降りた方が良い」だ。

机上の空論創作論を改めて#

Ilapaj氏とよく話したが、やはり創作は承認のためにあってはならない。

筆を取るなら、絵を描いていた時の心の動きを改めて感じて欲しい。

『原神』のメインシナリオにて、ウェンティはこう言った。

旅人…君が再び旅に出た時、旅そのものの意味を忘れないでほしい。テイワットの鳥、歌と城、女皇、ファデュイと魔物…みんな君の旅の一部だ。終点は全てを意味するわけではない。終点に辿り着く前、君の目でこの世界を観察するといい…

大事なものは過程の知覚であり、旅によって得たものにすべての意味を見出すのは危うい。

ゲームを含む物語では、旅というものは目的があり、持ち帰った宝や栄光が重要視される。一般に旅情は二の次だ。

人間が物語に毒されて人生を物語化しすぎていて、それが創作(冒険)による承認(宝)とひどくミスマッチしている、という考え方もできる。

この創作論が意味をなさない理由…「結局銭がない」#

ものを作るには、お金がかかる。幸い所属サークルは制作費がペイできているので問題が「どう分配するか」にシフトしている(ありがたくも困る話ではある)。

承認を得ているサークルは認知度も高いために頒布も多く、つまりうまくやっていれば制作費がペイ出来ているはずだ。

お金がある、というのは本当に本当ににありがたいことで、身銭切って、あるいは借金をしてものを出すサークルもある。

そうなると、制作費を手に入れるために承認されるか、バズらないといけない。

まあ追って結論を出すとしよう。

おまけ#

新宿のステッカーボムの写真みてくださいね。

新宿ステッカーボム